帰宅難民でした。

電車移動中で震災に遭遇しました。そもそも揺れる乗り物である電車の中だったので、部屋の中よりは恐怖感はなかったと思います。ただ「明大前」駅から自宅(千葉方面)まで帰る手段に困りました。
以下、どのようにして帰ったかを綴ります。

新宿であれば電車の数が多いため、帰る選択肢が広がると思い、明大前から新宿方面へ歩きました。
この時奇跡的にも会社から数年前に配られた「帰宅支援マップ」を持っていたので迷う事はありませんでした。
震災時は情報収集が不可欠と思い、まずはオペラシティタワーに逃げ込みました。
オペラシティタワー内では、まず晩飯を食べようと地下の店を回って見た所、ガスがつかえなくなっていたらしく、ほとんどの店が閉店。そんな中、Subwayだけは営業していました!となりのロッテリアは無常にも閉店していました。自分の中で、Subway >>> ロッテリアという不等式が成立。えびアボガドおいしかった。
食べた後、2F、3Fに上がってみたところ、案の定、帰宅難民者がたくさんすでに座っていました。
すでに携帯電話は混みあっていてまったく使用できず、連絡手段は公衆電話とノートPC(e-mobile)でした。というか、e-mobileはばっちり使えました。携帯のiモードすら使い物にならなかったので、かなり優秀と思います。
JRが当面動かないと発表されたため帰るのは無理かとあきらめていた所、京王新線・都営新宿線の再開の連絡が流れたため、早速オペラシティタワーから本八幡行きの電車に飛び乗りました。乗った時はかなり空いていたのですが、新宿から都営新宿線の路線に変わった瞬間に一揆に寿司詰め状態に。
その時描いていたシナリオは、都営新宿線本八幡に行き、京成線に乗り換えて、一気に千葉方面へ帰宅するというものでした。
が、しかし、本八幡に着いて見たところ、どの路線も動いていないという事が判明しました。本八幡に突然放り出されてしまった訳で、こうなったら歩くしかないという事で、体力の続く限り、歩こうと決心し、千葉街道を歩き始めました。
この時点で帰宅難民者の大行列ができていました。すごいものです。タクシー乗り場は長蛇の列ではあったのですが、肝心のタクシーは全く来ず、タクシーも頼りになりそうもありません。
この時描いていたシナリオは、総武線沿いに歩いていき、始発電車が来た瞬間に乗るというものでした。船橋駅になんとかたどり着き、始発電車の時間を調べてみると、どうも津田沼駅からの方が早い時間に千葉方面に帰れるらしい事を時刻表上判断し、さらに歩き進める事を決心し、津田沼を目標に歩きました。津田沼駅にて駅員に始発は走るかと尋ねた所、始発も動かない事が確実という情報を得、JR作戦はここで止めることに。で、どうするかと考えた所、京成線にかけることにし、次は京成津田沼まで歩いてみたのですが、京成津田沼駅は待つスペースがなく、さらに千葉方面に歩く事にしました。
幕張本郷駅に到着した頃には、もうすでに20キロ近く歩いていたため、体力が限界に達していました。幕張本郷駅のコンビニに入ると、30名位の帰宅難民者がコンビニの床に座っていました。僕ももちろん座りました。そうこうしていると、コンビニの中が帰宅難民者でギュウギュウになり、居心地が悪くなり、コンビニから出てしまいました。疲れも限界に来ていてどうしようかと困っていた所、一枚の張り紙を目にしました。「避難所はこちら」という文字と地図が描かれていました。
最後の力を振り絞り、避難所「幕張本郷中学校」に到着しました。そこでは、なんと居心地のよい環境が!暖房で暖められた部屋に、布団、食料!普段当たり前のようにあるものがなんともすばらしいものに見えてしまう訳です。布団を広げ、いつのまにか眠ってしまいました。1時間後、目覚めて、非常食を食べて、再度、幕張本郷駅に向かいました。京成千葉線がスタートするアナウンスが流れ、見事、千葉への帰宅が完了した訳です。

  • 災害時には、職場にいるのであれば職場にとどまるべき
  • 職場にいなければ、すぐにでも避難所を探して駆け込むべき
  • Subway最高!
  • 帰宅支援マップは常に携帯しておくべき
  • ドコモは使えない。E-mobileはユーザが少ないためかかなり使える
  • JRは再開しないと思った方がよく、私鉄・メトロの方が復旧が早い